夏休み旅行2025・第一弾(福島・新潟)の2日目午前は、戊辰戦争の舞台にもなった鶴ヶ城(会津若松城)に行ってきました。白虎隊とか「ならぬものはならぬのです」の人(八重の桜?)で有名なお城です。
ちなみに当時の会津藩の部隊は年齢別に「白虎隊」「朱雀隊」「玄武隊」「青龍隊」の4つがあったそうですが、「白虎隊」ばかりもてはやされて、他の隊所属の人たちは後年どう思ったんでしょうね。しかも悲劇?の理由が勘違いって…。どうせ死ぬ気なら「全員で城の方に戻って総攻撃しようぜ」とか、そもそも「別に腹切らなくても良くない?痛そうだし」とか誰か言わないものなんですかね?
案内看板(西出丸駐車場)

車は天守閣に最も近そうな西出丸駐車場に停めました。途中一方通行になったり道が細かったりとちょっと難所がありますね。人も結構歩いてますし。駐車場自体はかなり広いので、停められないってことはなさそうです。

天守閣に向かう通路です。暑い中日陰もなく、緩い登り坂が堪えます…。

会津若松城は確か「石垣は建築当時からそのまま(復元されていない)」だったと思うんですが、それにしてもピシッと揃いすぎてますね。本当に数百年前の石垣?と思って調べてみたところ、やはり復元歴はないようです。
写真の石垣は時代的に後期のもので、「切り込みはぎ」という、石を切って組み合わせて隙間を極力少なくした工法らしいです。時代とともに石垣の工法も変わっていったようで、現在の会津若松城では3種類の石垣が見られるそうです。
鶴ヶ城 天守閣

立派!大きい!威風堂々といった感じです。明治維新後、日本各地の天守閣の大半は「江戸時代の遺物」として明治政府により取り潰されてしまい、会津若松城も石垣を残して解体されてしまったんだとか(その前の戊辰戦争でかなりのダメージも受けていたようですが)。
現在建っている天守閣は1965年に復元された鉄筋コンクリート造のものですが、東北大震災の時にはかなりのダメージを受け、城壁にヒビが走りまくったそうです。2025年現在はキレイに修復されていました。
天守閣は近代のものですが、石垣は蒲生氏郷が天守を築城1593年当時の状態を保っており、「野面積み」という自然岩を組み合わせただけの工法だそうです。
例の赤いヤツ

会津に来るとよく出会う、例の生き物(を模したもの)が天守閣前の広場に鎮座していました。大きいだけに首をグイングイン揺らしてみたかったんですが、キッズたちと親の視線が気になったのと、柵にさりげなく「触るなよ」て書いてあったので諦めました…。出禁になっても切ないですし…。
天守閣入り口

正面からは撮れなかったので微妙な角度で。そこそこ観光客もいましたが、魔貫光殺砲で消し去り Adobeの消しゴムマジックで処理しました。結構精度高いですね!石段部分にも人がいたんですけど、あたかも最初からいなかったかのようにキレイに処理されています。
展望フロア

1階から4階までは展示コーナー、最上階の5階はぐるっと一周回れる形の展望階になっていました展示コーナーは基本撮影禁止なので撮ってません。
エレベーターは無く上階に上がるには階段のみ。しかも移動コースが決まっているので展示コーナーを全部経由しなければ次の階に登れないシステムになっています。しかも混んでいるので列もゆっくり進む感じ。展示を見つつ最上階まで登るだけでも小一時間かかってしまいました。

何か…秋の空っぽいですね。まだ7月なのに。

広そうな公園が見えましたが、いかんせん暑すぎて散策する気になれませんでした…。気候が良ければ芝生に寝たら気持ちよさそうだったんですけどね(岡山城の庭は最高に気持ちよく寝られた記憶があります)。
赤瓦

築城時は赤瓦だったのがいつしか黒瓦に変えられ、1965年の天守閣復元時にまた赤瓦に戻されたようです。瓦が赤いのは、寒い冬場に凍結して割れてしまうのを防ぐために、凍結に強い鉄分を使った釉薬で焼き上げられているからだそうです。なるほど。瓦って凍ると割れるんですね…(凍み割れ、と言うそうです)。だったら会津市内の一般家屋も条例とか制定して全部赤くすれば面白い街並みになったのに。現在日本で赤瓦の天守閣はこの「鶴ヶ城」だけらしいです。レア!

渋いですなぁ…。赤っていうより小豆色に見えるけど。
おわりに

城マニアってわけじゃないんですが、旅行に行くたびに時間があれば「行ってみようかな」とはなりますね。ただし行きやすければ…(竹田城跡くらいまでなら可。玄播尾城は不可)。「鶴ヶ城」は街の中にあるし駐車場から天守までも徒歩10分以内と近いので、かなり行きやすかったと思います。展示も充実していたし、良いお城ですね。
次回行くなら夏以外のシーズンに行ってみたいです。冬とか赤瓦が映えて良いかも!あと「八重の桜」っていうくらいだから春も良いのかな?